脳疾患は、新たな治療薬開発が非常に難しく、さらに治療薬の効果をコントロールすることも極めて難しい疾患領域です。その理由として、まず一つには(1)血液脳関門の存在があります。また、(2)新たな薬や治療を開発するには神経以外の脳細胞にも着目しなくてはならないことが明らかとなりつつあります。
したがって、「いかにして薬を脳に届けるか・脳に届く薬を見つけるか・これらの変動因子を明らかとするか」、および「いかにして個々の患者における薬の脳移行を把握して投薬設計するか」が創薬上・治療上の課題とです。
また、「NVUを標的とした薬を開発すること」が新たな創薬や治療法を生み出す鍵を握るとされています。
ヒト脳モデルは上記のような創薬・治療研究の推進になくてはならないものです。さて、ヒト脳を実験室で再現する際、何が大事でしょうか?たしかに生体にあるべき姿をそっくりそのまま再現することが出来れば、いうことありません。・・・が、本当にそれが可能で、それが出来ないと何もはじまらないのでしょうか?私は、実験室で行う以上、本物のヒト成人組織を再構築することは不可能と考えています。
さて、どうするか?
私は、いいかげんにヒト組織を創ろうと考えています。つまり、本物ヒト組織に出来るだけ近づけつつ、でも妥協出来るところは本物でなくてもよく、一方で誰でもが簡単に、いくらでも使え、欲しいデータを安定して得ることが出来るモデル。そんなヒトモデル開発に取り組んでいます。具体的には、世界でもここにしかない細胞*を用いて、共同研究者**とともに中枢神経疾患治療薬の創出、さらにはその個別化に至るまでを目指して研究を進めています。それぞれの内容の詳細は各ページをご覧ください(随時作成していきます)。
1.二次元・三次元型ヒト脳モデル開発とのその基盤研究
二次元・三次元型のヒト脳モデル構築や、個々の細胞から共培養に至る培養法の開発、血液脳関門の形成基盤や特性解明など、下記2以降の研究推進のための基盤研究を進めています。(詳細説明ページはこちら)
2.ヒト脳内薬物濃度予測法開発と医薬品開発・個別化治療への応用
製薬企業や病院と連携して、BBBモデルと数理モデルを組み合わせたヒト脳内薬物濃度予測法開発に取り組んでいます。脳内の薬物濃度を決める要因の解析も進めたいと考えています。
3.血液脳関門創薬のための基盤技術開発とシーズ探索・育成
中枢神経系に対する高分子医薬開発および血液脳関門を標的とする治療法の開発に取り組んでいます。一部、製薬企業と連携して進めています。
4.ヒト脳疾患モデル開発と治療標的分子探索
パーキンソン病などヒト中枢神経系疾患モデルの構築および非神経細胞に注目した治療法開発(グリア創薬など)に取り組んでいます。
5.グリオーマモデル開発と新規治療法の開発
ヒト脳モデルを応用し、グリオーマのモデル開発に取り組んでいます。また、新たな治療アプローチ開発にも取り組んでいます。
・エーザイ株式会社
・大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻有機工業化学領域 松崎研究室
・小野薬品工業株式会社
・熊本大学大学院生命科学研究部 微生物薬学分野
・国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター薬理部第1室
・国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部第2室
・千葉大学薬学部・大学院薬学研究院 薬物学研究室
・東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻 竹内・森本研究室
・東京理科大学薬学部薬学科 東研究室
・名古屋市立大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野
・横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科 生命環境システム科学専攻 再生生物学研究室
・理化学研究所 神経動態医科学連携研究チーム
ヒトが薬物を服用した後の血中薬物濃度は、吸収・分布・代謝・排泄のプロセスによって決まる。なかでも代謝は薬物代謝酵素の遺伝子多型や併用薬・飲食物による相互作用の影響を受ける。薬物治療において、一般的には、薬物の投与により副作用が出現した際に投与量の減量が行われる。薬物の投与に先立ち、その薬物の代謝に関与する代謝酵素の活性評価をすることにより、予め副作用の出る可能性のある患者を抽出し、適切な投与量を設定することができ、1回目の投与から安全で有効な薬物治療の実施が可能となる。
当研究室では、ヒト in vivo におけるCYP3A、CYP1A2、CYP2A6 活性の定量的評価法 (フェノタイピング)を開発し、酵素誘導・阻害作用の定量的評価を行ってきた。特に、CYP3A活性評価では、内因性cortisolの代謝を利用した血中の6β-hydroxycortisol/cortisol 比を指標とした評価法を開発した。この方法はテスト薬物の投与が必要なく、1点の採血で活性評価できることから、乳児や妊婦・授乳婦等にも適用可能である。また、連続的な活性評価が可能であることから、併用薬による活性の誘導あるいは阻害および回復を経時的に追跡することができる。この方法は、特許出願中である。
近年、分子標的抗がん薬の治療薬物モニタリングの有用性が報告されている。当研究室では安全で有効な抗がん薬の個別化投与設計を目指しHPLC、LC-MS/MSによるタキサン系抗がん薬(ドセタキセル、パクリタキセル)や分子標的抗がん薬(エルロチニブ、ソラフェニブ、イマチニブなど)の定量法の確立を行っている。開発した定量法は、杏林大学医学部腫瘍内科との共同研究において、分子標的抗がん薬の体内動態解析と効果・副作用との関連性の検討に応用している。さらに、CYP3Aで代謝される分子標的抗がん薬の体内動態と活性評価の関連性の検討を行い、個別化医療への貢献を目指している。
生体試料中のホルモンや薬物の濃度は極微量であり、定量においては様々な挟雑物質の影響を受ける。近年、臨床では高感度分離分析の手段としてLC-MS/MS法が用いられる。LC-MS/MS法は簡便かつ高感度な方法であるが、イオン化の安定性に課題があり、正確な定量には、測定物質と等しい挙動を取る目的物質の安定同位体標識体を内標準物質とすることが望ましい。当研究室では安定同位体トレーサー法による内因性および合成ステロイド薬の高感度定量法を開発し、点鼻ステロイド薬の体内動態解析や点鼻ステロイド薬による内因性ステロイドへの影響の研究に応用している。さらに、低侵襲性の試料を用いた投与設計の個別化を目指し、唾液や乾燥ろ紙血中の生体成分の定量法の開発・応用を行っている。
難治性がん克服に向け新たな治療戦略が必要とされており、そのためにはがん特異的に発現する分子標的を明らかとする必要があります。そのような候補分子として、私達は、世界に先駆けてがん型Organic anion transporting polypeptide 1B3 (がん型OATP1B3)を同定しました(特許JP5901046、US9115405)。これまでにがん型OATP1B3は、大腸がん、膵臓がん、肺がん、皮膚がん、食道がんなど多様な種類のがんに発現することが明らかとなっています。
これまでに数多くのがん関連遺伝子産物が同定されていますが、がん型OATP1B3は、これらと比べてもはるかに高いがん特異性を有しています。例えば、ヒト大腸がん患者がん部・非がん部組織(39および97検体)を用いた解析においては、がん型OATP1B3 mRNAは非がん部ではほとんど発現しない(1%)のに対し、がん部では67-89%の頻度で発現することが明らかとなっています。
そこで現在、この極めて高いがん特異性があるからこそ可能な、以下の研究課題を進めています。
上記研究は、千葉大学(医学研究院・附属病院)、千葉県がんセンター、熊本大学との共同研究にて進めています。また、がん遺伝子治療法開発はオーストリアEBハウスとの国際共同研究として進めています。SMaRTは転写情報をリプログラミングする先端技術で、オーストリアの研究グループが開発しています。これを用いると、がん型OATP1B3遺伝子の発現情報が、細胞死をもたらす情報へとリプログラミングされるため、がん細胞特異的な殺細胞効果が期待されます。
がん型OATP1B3研究は未だ黎明期にありますが、私たちは上記研究の推進により、がん型OATP1B3を基盤とした新たながん診断・治療法開発を進め、ひいては難治性がんの克服に貢献したいと考えています。また、これと同時に、何故がん型OATP1B3が、がん特異的に発現するのか、がん型OATP1B3のがん細胞における役割は何か、という謎を解明し、がん生物学上の新たな知見を見出していきたいと思います。