BON VOYAGE!

 bon生きていくこと、活動していくことは、航海に例えられることがある。ブルーオーシャンやレッドオーシャンはビジネスでは有名な言葉だ。大学のラボ(教室)での活動も「教室」という船に乗って科学・教育の海を進む航海とも言えるのではないだろうか。

 私はアニメのワンピースが好きだ。というわけで、「個別化薬物治療学教室」という船が目指す姿もそれと重ね合わせているところがある。ワンピースは、船長をはじめそれぞれの船員が自分自身の夢を叶えるために同じ船に乗り、ともに困難を乗り越えて大海原を進んでいく。1人1人がそれぞれの役目を自覚し、果たし、時には真剣な言い合いをしながらも仲間を信じて、お互いの夢の実現に向かっていく。大学における教室活動も同様であっていいんじゃないか。

 つまりこうだ。「教室員それぞれが目標に向かって生き生きと過ごし、将来という新たな海に向かって勢いよく乗りだしていく教室」- こんな教室を私は目指したい。

 個別化薬物治療学教室という船において私は船長として、教室の方針を示すこと、教室員の幸せを共に目指すこと、学生に新たな世界を教えること、学生に生き方の一つを示すこと、教室の環境を整備すること、が役割である。

 一方、教室員は1人1人が自分の未来像を心に抱き、船におけるそれぞれの役目を自覚し、果たし、時には真剣な言い合いをしながらも仲間を信じて経験を積んで成長していく。そして最後にはそれぞれの夢の実現に向かって船を下りて新たな航海に乗りだしていく。最初は未来像がないかもしれないが、それは航海の途中で見つければいい。また、航海の途中で未来像が変わってもいい。

 航海は決して楽ではない。現実の海と同様、教室という船が乗り越えていく海も難しい海だ。そんな中、船が沈まず、迷走せず、それぞれの目的を達成するには、乗っている全員の力が必要だ。船は乗っている全員のものである。先生・学生・年齢・職位関係なくモノが言える教室でなくてはならない。そして、モノが言える教室、居心地がよい教室、自分自身の成長に邁進できる教室にするには、お互いの信頼関係が必須である。お互いを知ろう、本音で語り、相手を気遣い、時には言い合いしながら、信じ合える関係を築いていこう。

 そして数年後、教室員は船を下りる時がやってくる。新たな航海に乗りだしていく姿を、寂しさと頼もしさと楽しみが混ざり合ったエールとともにみなで見送るだろう。次の航海も決して楽ではないはずだ。しかし、それまでの航海で身につけた姿勢・能力・人間力を身にまとい、自信とともに大海原を進んでいって欲しい。

 ボン・ヴォヤージュ(Bon Voyage) という言葉を知っているだろうか。私は、言葉は知っていたが、その中身はつい最近まで知らなかった。「伝説の東大講義」第六檄「よき航海をゆけ」の中で、瀧本哲史さんに教えていただいた。

「これはフランス語で「よき航海をゆけ」という意味で、見送りの際なんかに交わされるんですけど、もともとは船長同士の挨拶になります。自分の船を持っている船長っていうのは、リスクを自ら取っている人で、意思決定者なんです。航海において意思決定をする立場にない船員は、「ボン・ヴォヤージュ」って挨拶は、しないんですね。

 ―――― 中 略 ―――

「俺たちはお互いに自分の判断でリスクを取っている」ということに対する敬意があるから、余計なことは言わずに、ただ「よき航海を」なんです。

 そういう、自立した人間たちの挨拶だってことを覚えておいてほしくてですね、今日この場が何かのきっかけとなって変わる人もいるし、変わらない人もいるでしょう。それはわからないですけど、このなかから少しでも自分がやれることをやって、世の中を変えてくれる人がいたらいいかなと。

 結局、2時間以上も話してきましたけど、「君はどうするの?」って話です。主人公は誰か他の人なんかじゃなくてあなた自身なんだよ、って話です。

(2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義(2020年04月27日 星海社新書)より引用)

 個別化薬物治療学教室の卒業生が、いつしか「ボン・ヴォヤージュ!」という挨拶を交わす姿を見せてくれることを、将来の大きな楽しみとしている。

 

 こんな教室でありたい。

(文:降幡知巳 2021年4月)